東京高等裁判所 昭和49年(う)1815号 判決 1975年1月29日
被告人 干場吉男
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中、七〇日を原判決の本刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人佐藤正昭及び被告人本人各作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。
弁護人の控訴趣意第二点(原判示第四の窃盗に関する事実誤認の主張)について。
しかし、原判決の挙示した関係証拠を総合すれば、原判示第四の窃盗の事実は、これを肯認するに十分であり、当審における事実取調の結果を参酌しても、右判断を左右するに足りない。そして、原判決が(当事者の主張に対する判断)の項の二の「窃盗罪の成否について、」において、被告人の婦人持腕時計等の抜き取り行為が窃盗罪に該当すると判断するに至つた過程については、前記関係証拠に照らし、何ら論理法則、経験則に反するものはない。即ち、被告人は原判示の日の午後八時一〇分ころ自動車内において、被害者橋本幸子を殺害した後、右の犯行を隠ぺいするため、同女の死体を同自動車で約三・二キロメートル離れた山中の畑に運び、同日午後九時三〇分ころ、スコツプで穴を堀り、その死体を土中に埋没させた際、初めて財物領得の意思を生じ、同女の腕から腕時計一個を抜き取り、更に同所から右自動車を運転し、約二・二キロメートル離れた地点に至つた際、車内に遺留されていた同女のハンドバツクの中から指輪一個、郵便貯金通帳一冊および印鑑一個を抜き取つたものであるが、その間、原判決も摘示したように、被告人は死体を畑に運んでから該死体をいつたん放置し、約一〇数キロメートル離れた場所まで前記スコツプを取りに行つたものであり、また前記指輪等在中のハンドバツクの遺留状況自体は、被害者の死亡後被告人の指輪等抜き取り行為の直前まで終始変つていなかつたものである。
およそ人を殺害した後、初めて財物領得の意思を生じ、右犯行直後、その現場において、被害者が身につけていた財物ないし所持していた財物を奪取したような場合には、被害者が生前有していた財物の所持は、その死亡直後においてもなお継続して保護するのが法の目的にかなうものと解すべきところ、本件のように、被告人の財物奪取行為が被害者の死亡後一時間余を経過しており、また死亡場所から約三ないし五キロメートル余離れた場所において行なわれた場合であつても、右の一時間余の中には、前記のようなスコツプを取りに行つた行為に要した時間が含まれ、またハンドバツクの遺留状況自体が終始変つていなかつた点等をも考慮に入れると、前記のような犯行直後、その現場において奪取行為が行なわれた場合に準じ、被害者が生前有していた財物の所持はなお継続して保護すべきであるといわなければならない。そうとすれば、被害者橋本幸子からその財物の占有を離脱させた自己の行為を利用して右財物を奪取した一連の被告人の行為は、これを全体的に考察して、他人の財物に対する所持を侵害したものというべきであるから、右奪取行為は窃盗罪を構成するものと解するのが相当である(原判決引用の、昭和四一年四月八日最高裁判決、刑集二〇巻第四号二〇七頁参照)。
従つて、被告人の本件財物領得行為を窃盗罪に問擬した原審の判断は相当であつて、何ら事実誤認はない。論旨は理由がない。
被告人本人の控訴趣意中、訴訟手続の法令違反の主張について。
所論は要するに、原審の採用した被告人の警察官調書は、取調警察官の暴行脅迫により作成されたものであつて、任意性を欠き、これを事実認定の資料に供した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反があるというにある。
しかし記録を精査、検討しても、取調警察官が取調に際し、所論のように暴行、脅迫を加えたとは到底認めるに由なく、従つて所論の警察官調書が任意性を欠くとは到底認められない(また同調書が信用性を欠くものと認められない。)。そして、所論に沿うような被告人の原審、当審各公判供述部分はたやすく信用できない(なお所論は、原審の訴訟手続に憲法第一四条第一項または第三七条第一項に違反するものがあるかのようにいうが、記録上かような違憲のかどは全く存在しない。)。論旨は理由がない。
弁護人の控訴趣意第一点(量刑不当の主張)並びに被告人本人の控訴趣意中、右と同旨と解される部分について。
各所論は要するに、原判決の認定、説示した原判示第二の殺人の犯行の殺意の発生時期に関連して、同判決には、本件殺人に至る動機及びそれを推測させる事実関係等の犯情の認定において、また同殺人が計画的な故意犯ではなく、極めて偶発的なものであるのを看過した点において、事実誤認があり、これらの犯情に関する事実誤認のため原審の量刑が不当に重いものであるという主張に帰する。
しかし記録を調査し、当審における事実取調の結果を合わせ検討しても、所論指摘の各犯情の認定については、何ら刑の量定に影響を及ぼすべき不当な事実認定を疑わせるものは存在しない。即ち、原判決の挙示した関係証拠によれば、同判決が(罪となるべき事実)の第二において詳細に摘示したような経緯により、被告人が被害者橋本幸子に対し殺意を抱くに至り、いわゆる確定的殺意をもつて同女を殺害したものであることが容易に肯認できるのである。そして同判決は、被告人の殺人行為が、必ずしも所論のように計画的なものであるとまでは判示しておらず、(当事者の主張に対する判断)の項の一の「殺意の発生時期について」中の(四)において、「かくして、当裁判所は、被告人が幸子殺害の決意を固めたのは、……新巴橋のたもとで、車のハンドルにしがみついてきた直後であつたと考えるのがもつとも事実に即した合理的な見方であると考える。」と説示していることから明らかに看取されるとおり、殺意の発生につき或る程度偶発的な要素が介在していることを判示しているのである。そして右の説示部分は、関係証拠、特に被告人の昭和四八年一一月六日付検察官調書によれば、十分これを肯認しうるのである。所論は、被告人は、被害者が気を失つたので、同女を回復させようと試みた事実があると主張し、この事実は、被告人が予想外の事態に驚いたことを示すものであるとともに、この時点においては殺意がなかつた証左であるといい、また殺意は、犯行隠滅の手段として同女が蘇生できないようパンテイストツキングで絞殺した時点において生じたものであると主張するが、これらの点に符合するような被告人の原審、当審各公判供述部分は前記各証拠に対比してにわかに措信できない。かえつて前記関係証拠によれば、該パンテイストツキングによる緊縛行為が、殺意に基く一連の被告人の行為の一環であることは明白であり、該行為が所論のように犯行隠滅の手段としてなされたものとは認められないのはもちろん、被告人の殺意が所論のようないわゆる未必的故意ではなく、確定的故意であることは明らかである。その余の論旨に徴し記録を精査、検討しても、原判決の量刑上の犯情の認定には、何ら事実誤認は存在しない。論旨はいずれも採用に値しない。
以上のほか、被告人に対する原審の量刑の当否につき、当審における事実取調の結果を参酌して改めて考察すると、原判決が末尾の(量刑について)の項において説示したところは、概してこれを是認することができる。特に本件殺人、その罪跡隠滅のための死体遺棄の各犯行の罪質、動機、態様、なかんずくその残忍性、更には一般社会に与えた衝撃、被害者の遺族の悲嘆の情等に徴すれば、原判決の挙げた被告人に有利な諸事情、殊に被告人の両親、親類一同から被害者の遺族に謝罪金として一〇〇万円が支払われたこと並びに被告人が当審に至り同遺族に線香代として計二万円を送付したこと及び被告人の当審公判供述によつて明らかに看取される改悛の情等を被告人の利益に十分参酌しても、原審の量刑(懲役一八年)はまことにやむを得ないものと認められ、これを目して不当に重いとは到底いえず、また弁護人の主張するように、原審の量刑が強盗殺人に対する量刑にほぼ等しい重いものであるともいい難い。結局量刑不当の論旨はいずれも理由なきに帰する。
以上の次第で、刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却し、当審における未決勾留日数の本刑算入につき刑法第二一条を、当審における訴訟費用の負担免除につき刑事訴訟法第一八一条第一項但書を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 石田一郎 小野慶二 菅間英男)